8月15日 記念日

今年も8月15日がやってきた。

日本では、8月15日は敗戦記念日。終戦記念日という人が多いが、天皇陛下が玉音放送を行い、日本の敗戦を認めた日。よって、敗戦記念日という方が正しいのかもしれない。

今年は、日本の内閣総理大臣 小泉純一郎が靖国神社を参拝した。5年前の自由民主党総裁選挙のときの公約をようやく果たした形だ。これに、さっそく隣国の韓国と中国が猛反発した。

日本の高度経済成長期に生まれた私には、太平洋戦争とはどういう戦争であったのかは詳細は知らされていない。学校教育では、明治期までの歴史で学年末を迎えてしまう。

こうした日本の教育事情が、我々日本人の近代史や戦争への関心を薄くさせているのだろう。

しつこいとも思える韓国、中国の反発。辟易とする感じも否めないが、おそらく太平洋戦争時に日本が行った行為は、これらの国々に大きな傷跡を残してしまったのだろう。

もし、仮の話であるが、北朝鮮が核弾頭を搭載したミサイルを日本へ撃ち込んだら、何十年にもわたって、日本国民は北朝鮮を忌み嫌うだろう。

50年後に、その時の北朝鮮の指導者が、金正日が眠る墓地を訪れると、日本の全国民が反発するのは容易に想像できる。おそらく、それに匹敵するぐらいの愚行を、太平洋戦争当時の日本は行ったのだろう。

インドにおいて、英国の侵略・統治は、耐え難い屈辱であった。自分たちの価値観を押し付け、富と権力を掌握していた英国。全てのインド人が、自分たちの土地、生活、権利を取り戻すべく、各地で闘争を繰り広げたことは、当然の行為といえるだろう。

奇しくも、日本の敗戦記念日とインドの独立記念日は、同日(8月15日)だ。形は違うが、人々が争い事から開放された日である。

昨今、きな臭くなってきている国際事情。各国の思惑が入り乱れ、世界各地でテロや紛争が頻発している。

あらゆる異質を上手に取り入れ、自分たちの生活の一部にしてきたインドと日本。ヒンドゥー教と神道の精神が、それを可能にした。

今こそ、世界の平和を真に願い、インドと日本が手を組み、先頭に立って、動くときではないだろうか。

無用な争いは、もうこりごりだ。