『MR INDIA』 の ノンベジタリアン・ターリー

 以前、たまたま見つけた『MR INDIA』。 今日はそこでランチをした。

 ランチセットがあり、1000円前後で本場インド料理が味わえる。日替わりランチなるものがあり、それはなんと680円!内容はわからないが、いくらランチでもそんなに安くインド料理を食べられる店は、そうそう多くはないだろう。しかし、そのランチセットは、平日(月-金)のみのサービス。よって、土日は別のメニューをオーダーしなくてはならない。

 今日、私がオーダーしたのは、ノンベジタリアン・ターリー(1980円)。ターリーとは、「大皿」という意味であり、金属の大きな皿に、チャパティー(ナーン)や米飯の主食と、数種類のカレーなどが盛り合わせてあるセット・メニューのこと。いわば「定食」といったところ。

 この店の、ノンベジタリアン・ターリーは、パパル、エビ・カリー、ビーフ・カレー、ナーン、米飯、シーク・カバブ、タンドゥーリ・チキン、サラダ、ラッシー、と盛りだくさん。

 カリーは、それぞれに、数種類のスパイス、たまねぎ、ヨーグルト、トマト、豆が入っているようで、それを聞くだけで、美容と健康にも良さそうなメニューだと思った。

 最初に、パパルが出された。パパルとは、油で揚げた薄いせんべいのこと。材料は豆の粉を練っているようだ。スナック菓子のようで、かなりいける。

 まもなくターリー(大皿)が出された。ナーンが大皿からはみ出て、カレーの美味しそうな香りが漂っている。腹が減っていたので、さっそくビーフ・カリーから口に放り込んだ。すると、ビーフのはずが、入っている肉は間違いなくチキン!さすがにインドだ。本場では、ビーフといってもチキンが入ったカリーが出されると聞いたことがある。そういう意味でも、本場のインド料理を謳っているのか(笑) 

食事をする前にトイレに入ったら、目隠しをした牛を描いた絵を飾ってあった。宗教的にどういう意味を表しているのかはわからない。しかし、インド=ヒンドゥー=牛は神聖、と連想する。やはり、日本国内でも、ビーフといっても本当の牛の肉を食用として提供することはできないのか。。。

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 そういえば、オーダーをしたときに、店員のインド人に「辛いの大丈夫?」と聞かれた。激辛党の私は「ノー・プロブレム」と即答した。しかし、その直後、私は「失敗した!」という思いが頭の中を駆け巡った。

 去年、上海へ行ったときに、同じような光景に出くわしたからだ。そのとき出てきた料理は、どんぶり一杯に真っ赤な唐辛子が入っているスープ。底に2切れほどの白身魚が入っているだけだった。激辛党の私でも、スプーンに数杯を口に運んだだけで、汗が大量に噴出しギブアップした。店員の何人かは笑っているし、最悪な晩餐だった。ひょっとして、今日も同じ失敗を繰り返したのか!?

 異国からの来訪者に向かって前言を翻すこともできず、出されたカリーを恐る恐る口に運んでみた。すると、エビのカリーもビーフ(チキン)のカリーも、それほど辛くはなかった。おそらく、ヨーグルトやトマトがたっぷりと含まれているから、味がまろやかになっているのだろう。昨日、俺が自分で作って食べた野菜カリーの方がよっぽど辛い。二人のインド人店員に、俺のカリーを食べさせたらどんな反応が返ってくるのだろう・・・

 ナーンも、プレーンであったが芳醇な味わいで、単独で食べても十分に美味しくいただけた。店によると、ナーンは、カリーにつけて食べないとほとんど味がしなくものがある。しかし、ここ『MR INDIA』は、カリーだけではなくナーンも、俺の口を最高に喜ばせてくれた。

 最後に、ラッシー。これも絶妙に美味かった。カリーのあとに、ほどよい甘さのラッシーを飲むのは、インド料理ならでは醍醐味だ。「食は文化なり」というが、ほんとうに絶妙な組み合わせだ。

 ラッシーといえば、以前私がインドへ旅したときに、デリーで現地人に案内してもらった店で飲んだラッシーが忘れられない。場末の、決して綺麗とはいえない店で出されたラッシー。衛生面で、最初はかなり抵抗があり、口に入れることをためらった。しかし、仲良くなったインド人が、満面の笑みで「ここのラッシーは最高にうまい!」と薦めてくるので、飲まないわけにはいかない。薬を飲むように、コップの淵にゆっくりと口をつけ、ぐいっと喉へ流し込んだ。恐る恐る味を確かめてみると、なんてうまいんだ!ありきたりな言い方だけど、感動した!また、あのラッシーを飲みたい・・・それだけのために、デリーへ行ってもいいぐらいだ。

 そのデリーの店には及ばないが、ここ『MR INDIA』のラッシーも格別だ。次にいくときも、必ずオーダーしてみたいと思う一品だ。

 今日は大満足である。たまたま見かけた『MR INDIA』。インド本場を謳い文句にしているがゆえに、味については否定的な想いを抱いていた。しかし、その先入観は、まったくもって私の間違いであった。ぜひ、また機会を見つけて、ここ『MR INDIA』を訪れたい。その時は、あの二人のインド人店員と、楽しい会話ができることを望む。

マザーテレサ

 先週末から、東京・日比谷シャンテ シネで、『マザーテレサ』が公開されている。日本国内では先陣を切って封切りされ、これから順次、全国で公開されていく。

 日本ではマザーテレサをどれだけ知られているのだろうか。私自身、彼女の名前からインドを連想し、そしてそのインドで慈愛に満ちた活動、ノーベル平和賞、というぐらいしか思い浮かばない。無知で恥ずかしい限りである。

 彼女は、1910年に、旧ユーゴスラビアのスコビエに生まれた、アルバニア人である。敬虔なクリスチャンな家庭で育ち、18歳のときにロレッタ修道会(アイルランド)へ入る。そこで、修練のためにインドへ派遣されることになったのである。

 当時のインドといえば、英国領であり、独立運動が激しくなりつつある時期である。加えて、カルカッタ(現コルカタ)は、ヒンドゥーとムスリムの対立も激しい地域であり、また貧困により暴動も絶えない。そのような社会情勢のなかへ、シスターテレサは飛び込んでいったのだ。

 いくら神の呼びかけがあったとはいえ、カトリックであり女性でもある彼女が、異文化、異宗教の中で活動するのは、並大抵のことではない。それに加えて、身内であった修道会からの反発、行政やメディアによる不理解など、数々の試練は想像以上に困難を極めたであろう。しかし、彼女はそれでもくじけず、自分の信じる道を歩み続けた。

 『私の行いは大河の一滴に過ぎない。でも、何もしなければ、その一滴も生まれない』

 『私は、神の手にある鉛筆にすぎません』

 映画という作品としての出来具合には、賛否が分かれるだろう。しかし、彼女をもっと知りたい、と思うきっかけになったのは事実である。そうすることで、「人を愛する」ということの本当の意味や、このブログの主題である「インド」のことをより深く理解できるようにしていきたい。

 1997年にマザーテレサが亡くなったとき、ヒンドゥー教の国・インドでカトリック式の国葬が行われたことは、彼女の偉大の功績もさることながら、インドの奥深さを象徴しているのだろう。

横浜・戸塚に住むインド人

 私は横浜・戸塚に住んでいる。今日、最寄り駅から自宅まで歩く道中、目の前を3人のインド人が歩いているのを見かけた。いや、話しかけて聞いてみたわけれはないので、インド人なのかどうなのかわからない。ひょっとすると、パキスタン、スリランカ、バングラディシュなど、南インドのどこかの国かもしれない。しかし、ここではあえてインド人としておこう。

 身なりからすると、ツアー客ではなく、日本に住んでいるのだろう。スラックスパンツを履き、上は地味な色柄の長袖シャツを着ている。インドへ旅したときにも感じたが、インド人はどれだけ暑くても長袖のシャツを着ている。宗教的な理由によるものなのか。今日の横浜も、少し涼しくなったとはいえ、30度前後の蒸し暑い1日だった。私を含め周囲の日本人は短い袖のシャツを着たり、ノースリーブや半ズボンであったりする。おそらく、彼らインド人達からすれば、このような肌を多く露出する日本人のいでたちを、みっともない、破廉恥だ、と思っているのかもしれない。

 そういえば、2ヶ月ぐらい前だったろうか。家の近くの旧国道1号線を車で走っているとき、歩道にひとりのインド人女性を見かけた。その格好は、彼女の母国から瞬間移動でもしてきたかのようだった。赤茶系の色をしたサリーを身にまとっていたのだ。日本国内でも多くのインド人を見かけるようになったが、そこまで民族色が強く出している人を見かけたのは初めてだった。蛇足だが、その彼女を見かける直前に、自宅でカレーを作っていた。もちろん、手軽にルーから作った野菜カレーだ。そのカレーを食べたら、彼女は何とコメントするのだろう・・・無性に自宅へ招待したい衝動に駆られたのを覚えている。

 それはさておき、今日見かけた3人のインド人、2ヶ月前に見かけたサリーをまとった女性は、ここ横浜・戸塚で何をして暮らしているのだろう。私の頭の中にある引出しをいくつか開けてみると、ある推測が成り立った。横浜・戸塚といてば、大手電機・ITメーカーの工場がある。日○の城下町と言えるほど、その工場は大きく、地元の象徴ともなっている。ひょっとすると、そこで技術者として働いているのではないか?また、サリーをまとった女性は、その技術者達の家族か?単純ではあるが、可能性としては十分にありえる。

 いや、ひょっとすると、まだ私が知らないインド料理店が、ここ横浜・戸塚にもあるのかもしれない。駅の反対側には多くの店が並ぶ商店街がある。そういえば、以前、携帯電話で横浜・戸塚でインド料理店を検索してみれば、1軒のカレー屋がヒットした。地図では、その商店街のはずれを示している。そこ店員かもしれない。店の扉を開ければ、サリーをまとった女性が立ち、奥の厨房には、今日見かけたインド人が白衣に着替えて調理しているのかもしれない。

 それとも、意外なところで彼・彼女たちを再会するかもしれない。公共料金を支払おうとコンビニへ入ると、レジカウンターの中で立っているかもしれない。いずれにしても、私たち日本国内での日常生活の中に、少しずつではあるがインドからの招待客が増えてきているのは間違いなさそうだ。「Welcom to Japan」という気持ちで接していくつもりだ。

『スローライフでいこう』

 忙しい毎日を過ごしている私も、マク○○○ドなどファスト・フードでランチを済ませることがあった。ファスト・フードと言われるだけあって、オーダーすればすぐに手に入れることができる。食する時間も手短に済む。ファスト・フード全盛に対抗してか、スロー・フードというカテゴリーも人気を博してきた。スロー・フード・・・端的に言えば、手間隙をかけた古来からのフード・・・ということであろう。日本では、日本食のことだろう。目の前に並べられるまでには時間がかかる。しかし、体への栄養価もさることながら、伝統的な文化を重んじる人々には、このスローフードこそが本来人間が口にするべきフードだという。

 私は三十路をまっしぐらに走っている。さすがに、好んでファスト・フードを食することはなくなってきた。移動時間がないために、ドライブ・スルーで片手にハンバーガーってこともたまにあるけど、基本的には今ではスロー・フードが主なメニューだ。しかし、フードはスローになっても、生活自体は相変わらずファストなままである。何せ、ドライブ・スルーをすることがあるんだから・・・。

 現代人は本当に忙しい。次から次へと、しなければいけないことが押し寄せてくる。私もそうだ。上司、顧客などが要求してくる仕事は、私の時間なんて考えてはくれない。いま手がけている作業に集中できず、高速のベルト・コンベアーで流れてくる仕事を、やっつけ仕事的に片付けている状態だ。それでは、仕事でミスを犯してしまうのも無理がないと思う。しかし、ミスをするのは仕事だけならいいが、たった一度の人生においてもミスを犯しかねない懸念があるのも事実である。

 どうすれば、自分でも納得のいく、有意義な人生を送ることができるのだろう。今の生活は、いわばファスト・ライフだ。ファスト・ライフのままであれば、自分にとって本当に大切な人生を歩むことができそうもない。ファスト・ライフを抜け出すには、できる限り『スロー・ライフでいこう』と心がけなければ・・・。

スローライフでいこう―ゆったり暮らす8つの方法

 

 

 

 

 この『スロー・ライフでいこう』は、理想的な境地であり、そのまま実行に移すには現在の日本では難しいかもしれない。だからといって今のファスト・ライフに甘んじていれば、いつまでたっても「自分らしさ」を実感できない人生を送り続けることになるだろう。実際に生活自体はファストなままでも、基本的な心構えと行動はこの『スロー・ライフでいこう』で教示されているとおりにすれば、少しは今の苦境を改善できるのでは、と思った。いや、是が非でも改善するために、さっそく私は今日から実行に移している。『スロー・ライフでいこう』 私のこれからのメイン・テーマになるかもしれない。

『自分を捨てる』

 先日、あるセミナーで男女の文化の大きな違いについて教えられた。基本的に、男性は「持つ文化」を、女性は「捨てる文化」を持っているという。電車の中での光景を具体例をして出して、ある意味で説得力が会った。ネクタイを締めたサラリーマンがジャンプやマガジンなどの少年漫画雑誌を読んでいる。小中学生に読み始めた漫画を、大人になっても続けて読んでいる。一方、女性のほうは、年齢に応じた雑誌を眺めている。各々の名前は覚えていないが、確かに各年代に適した雑誌が存在する。年が経つと自分のステイタスを変え、定期的に購読する雑誌も変えていくのだろう。それまでの習慣をあっさりと「捨てる」。もちろん、人によってその傾向は違うだろうが、私はおおむねこの見方は正しいと思う。

 

 私も、「捨てる」のが苦手なほうだ。先日、引越しをしたけど、新しい部屋に家財道具一式が入りきらない。まるで倉庫のような状態になった。家賃を同じにするために、1DK(6+8畳)から1K(7.5畳)になったからだ。引っ越した当初は、なんてたくさんの物を持っていたんだろう、と改めて思った。多くのものを「捨て」なければ、倉庫の状態の中で生活することになる。普通なら、ここで何を「捨て」るのか悩むところだが、私は意外とあっさりと決めることができた。

 

 自分の日常生活を思い返してみると、頻繁に利用するものは限られてくる。衣服、食に関するもの(冷蔵庫、食器など)、ベッドや布団、机、いす、パソコン、だいたいこれぐらいである。あとは、趣味関連のもの(CDなど)である。それ以外は、今の生活には全て余分なものだ。それらを全て「捨て」てしまえばいいと決心した。引越しを機に身を軽くしたおかげで、余計なことを考えなくて済むようになった。あれこれと持っていると、少なからず気をとられるものだ。生活がとてもシンプルになり、「捨てる」ってこんなに清清しいものなんだ、ってつくづく思った。

 

 でも、まだ何か持ち続けてはいけないものがあるような気がする。「捨て」なければいけないものが・・・、ずっとそれを感じていた。悶々としていた気分が、先日ついに晴れる時がきた。ある本に書かれていた一文が、私の全身に電撃が走った。

 


 

 「最後に捨てるものは、それは自分である」。この、『30歳からの成長戦略』は、次世代を担うビジネスマンがどうあるべきか、それに向けてどのように努力を積み重ねていくべきか、を教示している。タイトルを見て、私の現状に最適な本であると思い、アマゾンで衝動買いをしてしまった。具体的な成長戦略について、私の考えを改めさせられる内容が多く、すいすいと読み進めることができた。『戦略は捨てることである。あれもしたい、これもしたいでは、その企業(個人)の強みは薄れていく。絶対的な強みを発揮するには、余計なものを「捨て」、特定の分野に特化するべきだ』という戦略は、今ではどのビジネス書でも書かれているだろう。だけど、「最後に捨てるのは自分である」という一文は、かなり刺激的な締めくくり方であった。

 

 「自分」を捨てる・・・・たまたま、あるビジネス書で見かけた一文。でも、ずっと私たち日本人が持っている心、そう仏陀が悟り教えた「無我」。その「無我」を、この『30歳からの成長戦略』の著者は、ビジネスの世界に身をおきながら悟ることができたのだろう。真理はひとつ・・・間違いないだろう、と痛感した瞬間であった。

奇人・変人

昨日、衆議院が解散された。小泉首相が長年唱えつづけていた郵政民営化法案が、参議院で否決されたからだ。細かい政治手法は別にして、郵政国会と言われたここ数ヶ月の政治の成り行きを見ていると、民営化賛成・反対の両陣営の唯我独尊的な主張と態度が、今回の混乱を引き起こしたに違いない。小泉首相の奇人変人ぶりは今に始まったことではないだろう。我々一般国民が、彼の奇人ぶりを目の当たりにしたのは、自民党総裁選に初めて立候補したころからだろう。それ以前からも、YKKと言われ、次世代の自民党および日本政界を担う重要人物として注目されていた。だけど、その頑固さは、ここにきて本領発揮といえるのではないだろうか。

 

郵政事業を民営化すべきかどうかについて、ここで持論を展開するつもりはない。というより、私自身はどちらでもいい。だけど、今国会の両陣営の綱引きを見ていると、実に大人気ないところが露呈したのではないかと思う。

 

小泉首相は、「改革の本丸である郵政民営化が否決されれば、衆議院解散だ」と宣言してしまった。おそらく、反対派への脅しのつもりで宣言し、当初はそんなつもりはまったくなかったのではないか、と思う。しかし、反対派はかたくなに小泉首相の政治手法に反対した。

 

力と力がぶつかりあっても、生産的な結論は導き出せないだろう。人は、力で抑えられようとすると、逆に反発する性格を持っている。おそらく、誰でもそんな経験はあるだろう。小中学生のころ、親から「勉強をしなさい!」と言われ、自分の本心とは別の主張を親にぶつけたとはないだろうか。少なくとも、私は何度もある。本当に勉強をしようと思っていても、親からのその一言で、自分の本当の気持ちを欺くことになってしまった。多くの後悔を残しているが、力とはそういうものであると思う。

 

「豚もおだてりゃ木に登る」という言葉がある。かつて、人気TVアニメに毎回出てくる決まり文句で、それで記憶に鮮明に残っている方も多いと思う。何気ない言葉であるが、人付き合いではこの言葉に勝る言葉はない、と私は思っている。D・カーネギーやフランクリン・R・コヴィーの教えでも、同じことが伝えられる。

 

「人を動かすのには、まずは相手を認めること。」 「まずは相手を理解し、そして理解される」

言葉で言うのは簡単だが、実践するのは至難の業だと思う。特に、我々のような凡人は、すぐに「自分を理解して欲しい」という感情に制圧される。しかし、そんな感情を持って相手と接しても、間違いなく心の扉を閉ざすだろう。古来より伝えられる原則であるが、なかなか自分の生活に取り入れることができない。人間とは脆い生物である。

 

今回の優勢民営化に向けての議論の中で、双方がD・カーネギーやフランクリン・R・コヴィーがし教示する原則を実践していれば、結果は変わっていたかもしれない。しかし、賛否を唱える両者が、お互いに自分の主張に固執したばかりに、「衆院総選挙」という無駄なプロセスを踏まなければならない。

 

「人を動かす」ことはとても難しい。「まずは理解する」こともとても難しい。だけど、資源を無駄に費やさないようにその難題に取り組む、それが政治家の務めではないだろうか。