テロとの戦い ~ 力と力のぶつかり合い

ロンドンで同時多発テロが起きて、もう2週間以上も経つ。
実行犯が、キングスクロス駅で地下鉄に乗り込もうとする映像が公開された。
報道では、4人は主犯格から騙されて爆発物を運んだ可能性がある、とのこと。
事の真相はわからないが、爆発物をリュックに入れて地下鉄に乗るということは、彼らもテロ行為を認識していただろう。
 
またある報道では、彼らは生まれも育ちも英国とのこと。
イラク、アフガニスタン、イスラエルなどで、テロ活動を行うイスラム原理主義組織とは、ほど遠い存在のようにも思える。
ただ、彼らの信じている「イスラム」は、「アッラー」を絶対唯一神である。
その教えや信じる道理から外れることは、このロンドン地下鉄テロや9.11のように、攻撃の対象とする。
 
いま世界は、力と力のぶつかり合いの様相を呈している。
唯一の超大国であるアメリカが存在し、そのアメリカのスタンダードに強烈に反対する勢力が多く存在する。
その代表がイスラムだ。
 
歴史を紐解くと、やはり米国のご都合主義が、現在の「テロとの戦い」を引き起こしているように思える。
「我々はテロには屈しない」という演説を繰り返す米国大統領と英国首相であるが、そのテロを引き起こしているのは、自分達の過去の行為が一因であるという認識を持っているのだろうか。
ソ連の南方侵攻(アフガン侵攻)を阻止するために、今や目下の敵となっているウサマビィン・ラディンとその組織を支援し、シーア派イスラム原理主義の反米政府が樹立したイランを叩くイラク・フセイン大統領側に加担する。そして、そのイラク・フセインを悪の枢軸とし、大量破壊兵器の存在を大義名分として戦いに挑む。ましてや、その大義名分であった大量破壊兵器は見つからない、という惨状である。
 
国際関係は非常に難しい。各国の国益が幾重にも絡まっているからである。ましては、そこに信じる道(宗教)も絡んでくると、この上なく厄介である。
果たして、各国・各地域が相互に理解し、争いのない世界が到来するのだろうか。
 
このままでは、無理であろう。
理解できない相手は腕力(武力)でねじ伏せる、そんな愚行がまかり通っているからだ。
 
我々の日常の生活でも思い当たる節がある。
家族、友人、会社の同僚など、数多くの知人と接する中で、意見の違う相手を力でねじ伏せた状態で、自分が理想とする社会が長く続くのだろうか。
自分の理想とする状態を永続させるためには、暴力によらない強力なリーダーシップを発揮し、自らも泥まみれになりながら目の前の大きな壁にぶち当たる、ということをしなければならないだろう。
 
しかし、どうやっても、その大きな壁を乗り越えられないこともある。
お互いの精神の中に、永らくの間に植えつけられた信じる道が違うのだから。
そういう場合は、その壁を残したまま、お互いの違いを認め合う関係を築くことが必要であろう。
 
決してその壁を壊そうと思ってはならない。
 
力と力のぶつかり合いは、最後に疲労感だけを残すのみで、生産的で魅力的な社会を生み出さない。
 
走り出した「テロとの戦い号」という列車は、どこへ行き着くのだろう。
終着駅が見えないまま、走っているようである。

横浜・本場インド料理店 「MR INDIA」

横浜は、外国からのツーリストや在日が多い。

特に、黄金町辺りは、多くのタイ人の活動エリアのようだ。
先日、その黄金町のタイ式マッサージへ行った時に見つけた、インド専門料理店を紹介しよう。
 
その店の名は、「MR INDIA
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横浜市内や東京都内だけではなく、日本国内にはたくさんのインド料理店がある。
インドマニアの私は、街中を歩いていて見つけたインド料理店が気になって仕方がない。
実は、この「MR INDIA」以外にも、伊勢佐木町で気になる店が他にもある。
だけど、この「MR INDIA」は、店構えからして本場そのものを醸し出している。
あいにく、私が店の前を通りかかったのは閉店時間中で、この店で出される本場インド料理を、まだ口にしたことがない。
 
ファーストインプレッションをいうと、正直にはあまり美味しくはなさそうだ。
というより、日本人の口には合わないかもしれない。
「本場」のインド料理なのだから。
それは、店先に、英語をはじめ諸外国の言語で書かれた、国際電話の案内リーフレットが置いてあることからも想像できる。
在日の同胞に祖国の味を思い出して欲しい、という思いで開業したのかもしれない。
 
いずれにしれも、本場インド料理を日本で楽しめる。
ぜひ一度、訪れたい店だ。

生命の科学 アーユルヴェーダ

みなさん、アーユルヴェーダって知ってますか?
 
以前、「あるある大辞典」で紹介もされたから、名前だけは知っている、って方は多いかも。
私も、それほどは詳しくはないけど、日々の生活で疲れた体を癒すために、たまにアーユルヴェーダでトリートメントを行っています。
 
アーユルヴェーダは、AYUS(生命)+VEDA(科学)といわれていて、人間が本来持っている機能やエネルギーが、調和の取れていることを、「健康」としているみたい。
 
人はそれぞれ特有の体質(ヴァータ、ピッタ、カファ)を持っていて、それに応じたトリートメントを行うのが基本みたい。
 
私が行っているショップは、東京・東池袋にある「Sattvic」。
女性エステシャンがひとり、丁寧なトリートメントをしてくれる。
コースはいくつかあるけれど、「VIPアビヤンガ」という全身のオイルトリートメントがお気に入り。
全身にたっぷりとオイルを塗り、身体内部に浸透するかのようにゆっくりと、優しくマッサージをする。
フェイシャル、ヘッドトリートメントも行ってくれて、店を出るころは全身の余分な力が抜けて、家にたどり着くまで放心状態。
日頃の張り詰めた環境で、バランスが崩れてしまった心身がが、一気に元通りに快復ふるのを実感できる。
汚いけど、翌日は心地よい快便で、体内の不純物が全て排泄された感じなんだ。
本当に、普段の生活で溜まりに溜まった疲れが、一気に解消される。
 
オフィス街のクイックマッサージで、局所的に疲れを紛らわすのではなくて、自分自身が本来持っている健康を取り戻すために、アーユルヴェーダでトリートメントをしてみてはどうですか?

インドと中国、そして日本

先日、デリーの政府官庁街を走る地下鉄が開業したようだ。
その地下鉄の建設には、日本が円借款で援助をしている。
5月に小泉首相が訪印した際にも、この地下鉄に乗り込み、インドと日本の関係を良好に発展させることに成功したようである。
 
歴史的にも、日本は、仏教などインドからの影響を多く受けている。
太平洋戦争においても、インドと日本は関係は深く繋がっていた。
(『中村屋のボース』)
 

 
戦後の極東軍事裁判においても、パール判事による日本への擁護発言は、両国の関係を考える上でとても重要であると思う。
 
一方で、中国と日本の関係はどうか。
かなり冷え切っている状態であると思われる。
その原因は何なのか?
中国の主張は、歴史認識と靖国参拝である。
 
私は、靖国参拝の意義については疎い。
1971年に生まれ、日本の高度経済成長からバブル経済に至る間に、幼少期から青年期を過ごした。
「ライジング・サン」と言われ、日本社会全体は、その経済的な成功に酔いしれていた。
そのために、過去を振り返ることを怠り、経済発展至上主義に走っていた。
「エコノミック・アニマル」と揶揄されたこともあったと記憶している。
 
太平洋戦争で起こした日本の行為、各メディアや書籍などで知ることができる。
いや、知ることができるといっても、そこで主張されている愚行が、歴史的に真実なのかどうかは、今の私達では知ることはできない。
メディアによって、伝えている内容が違っていることが多いせいでもある。
それでは、どの主張が正しいのか、判断できない。
 
ここでは、太平洋戦争における日本の行為について、歴史的な真偽を議論するつもりはない。
しかし、仮に、「南京大虐殺」などが真実であったとしても、現在で反中感情を持っている日本人はどれぐらいいるのだろうか?
おそらく世代間で大きく違うだろうが、全体では少数であると思われる。
しかし、あまりにも、中国側からも主張が激しく、且つ執拗であると、感情的に反発してしまうのは、私だけではないと思う。
 
一方で、インドでは、印中戦争での惨敗がトラウマになり、今でも反中感情を抱く国民が多いと聞く。
社会主義国は侵略をしない、というインドの思いを、見事に裏切ったからである。
それが、今のインドの軍事大国化へ繋がっている。
 
インド-中国
中国-日本
インド-日本
 
この3国は、実に微妙なバランスを持って関係していると思う。
日本にとって、隣国の中国は無視できない存在である。
ましては、中国は今、世界中から注目されている国である。
しかし、あまりに反中感情をむき出しにする中国が存在しつづけるのであれば、日本のアジアにおける外交も考え直さなければいけないのではないかと思う。

インドと中国

1962年、印中戦争が起きた。
国境問題が原因で、中国がインドへ攻め込んだことによる。
 
インドの国際関係で言えば、印パ紛争が大きくクローズアップされる。
1945年の独立の際に、イスラム文化圏だけが分離された。
独立日も、8月15日と8月17日にわざわざ2日ずらすほど、両国の溝は深い。
今では核開発も含めて、両国は軍事技術でしのぎを削っている。
 
しかし、インドが軍事大国化へ進んだのは、パキスタンを意識してではない。
中国への警戒から、軍事大国化、核技術の開発に着手したのである。
 
印中戦争で、インドは中国に苦杯をなめさせられ、今でもインド国民の嫌中感情はすざましいようだ。
建国来のヒーロー・ネルー首相も、この印中戦争の敗北により、その座から転がり落ちたともいえる。
 
インドと中国、実は相容れない国内事情を持っていると思う。
 
まずは、両国の国内政治手法が全く正反対である。
中国は、共産党一党独裁であり、民主主義とは程遠い政治体制である。
一方で、インドは世界最大の民主主義国といわれ、ここ十数年は複数の政党による連立政権の時代に突入している。
 
文化的には、私が特に注目しているのは、食文化である。
中国人が口に入れない四本足のものは、椅子とテーブルだけである、といわれるほど、ほとんどのものを食材にする。
牛、豚、鳥、海鮮、などなど、「食は中国にあり」と言われる所以である。
 
しかし、インドにおいて、牛、豚を食すことはご法度である。
肉類で、食材として使用するのは、鳥と羊だけである。
インド料理のほとんどは、野菜や穀物などを食材としている。
そのような食文化にあっては、ベジタリアンな人々が多数現れてきても不思議ではない。
 
文化を象徴する「食」において、全くの正反対な特徴を持っているインドと中国。
他にも、両者が敵対感情を抱く要素はあるだろう。
このような両国が、一般国民の人々をも含めて相互に本当に理解しあえる日が来るのは、実は容易いことではないのかもしれない。