さぁ、インドへ行こう!~(24)

空港から市内へ向かう途中、タクシーが接触事故を起こすアクシデントに見舞われた。ドライバーと相手方が幾分か言い合った後、お互い何もなかったかのように、そのまま自分の行く道を進んでいった。

昼間の渋滞にも巻き込まれ、そんなこんなでホテルに到着したのは13時過ぎだった。さっそくフロントでチェックインをし、部屋へ案内された。

さて、この次にしなければいけないこと。それは、今回の旅のメインディッシュである、マイソール Mysore 行きの列車のチケットを確保することだ。

出発前の日本で、IRCTCのサイトからトライしてみたが、勝手がわからず途中で断念。チェンナイ Chennai に到着してから手配することにした。

目的の列車は、6222 Mysore Exp。チェンナイ Chennai の中央駅 Central R.S. を22時30分に発車する。マイソール Mysore 駅到着は翌朝だ。翌日の夜にこの列車に乗り込み、1月2日朝にマイソール Mysore に着くプランを立てていた。

宿泊代を浮かすこともあるが、俺は列車の旅、特に夜行列車の旅が大好きだ。ホテルの部屋に荷物を置き、ロビーにあるツアー会社のデスクに向かった。

オレンジ色のサリーを綺麗に着こなす女性がひとり、そのデスクに座っている。彼女に列車名と搭乗月日を告げて、チケットの手配をお願いした。

彼女は、目の前のパソコンを操作し始めた。しばらくすると、浮かない表情で、“No”と言ってきた。どうやら満席のようだ。仕方なく、その前後の日程で調べてもらったが、夜行も昼運行の列車も、1月4日からしか手配できないとのこと。ここチェンナイ Chennai にはそれまで滞在するつもりはない。

どうしようか思案した挙句、1月2日早朝に飛行機でバンガロール Bangalore へ行き、そこから列車でマイソール Mysore へ向かうことにした。バンガロール Bangalore まで行けば、そこかマイソール Mysore までは列車で2時間。2時間ぐらいであれば、最悪は2等に乗って揉みくちゃにされても我慢できるだろう。

そのフライトチケットを、そのツアーデスクで手配をお願いしても良かったが、彼女はエアー・デカン Air Deccan を薦めてくる。確かに、2700ルピーは破格値だ。しかし、俺はジェット・エアウェイズ Jetairways かキングフィッシャー・エアライン Kingfisher Airline に乗ることにしている。しかも、そのツアーデスクでは現金払いしか受け付けないという。

俺は部屋に戻り、自分のノートパソコンをネットに接続した。ジェットエアウェイズ Jetairways のサイトへ行き、1月2日 チェンナイ Chennai  5:55am発 → バンガロール Bangalore 6:40着 の 9W802便を予約した。フライト料金は81.7USD。ツアーデスクの彼女が薦めたエア・デカン Air Deccan とほぼ同額である。

これで、マイソール Mysore 行きへの交通を確保した。次は、チェンナイ Chennai の街中へ買出しに出かけることにした。

さぁ、インドへ行こう!~(23)

タクシーで、チェンナイ Chennai 空港からホテルへ向かう。車窓から外の景色を眺めてみる。その光景は前回と同じ、まさしくここはチェンナイ Chennai だと実感した。

沿道に掲げられている看板は、異様に大きい。また、そこに書かれている文字も、それまで居たムンバイ Mumbai とは全く違う。

丸みを帯びたその文字は、タミル Tamil 語。ここチェンナイ Chennai が位置する州は、タミル・ナドゥ Tamil Nadu 州。その州名通り、ここはタミル Tamil 民族の国である。そう、歴史的にイスラム文化の影響を受けていない、ドラヴィタ Dravida 文化の世界だ。

ひと口にインドと言っても、その場所によって暮らす人々や文化が全く違う。主要都市、デリー Delhi、ムンバイ Mumbai、コルカタ Kolkata、チェンナイ Chennai、のどこをとっても同じ民族ではない。

多くの民族が、インドというひとつの超大国の中に暮らしている。しかし、彼らは、それぞれ自分達の独自の民族を持ち、それを誇りに思っている。

ここチェンナイ Chennai は、南インドの代表都市。インドを、北インドと南インドに分けて称することが多い。その南インドの政治、商業の中心地、それがここチェンナイ Chennnai だ。

現在のインド全体の政治、経済の中心は、北インドに集中している。しかし、タミル・ナドゥ Tamil Nadu 州を中心に南インドに暮らすタミル Tamil 民族は、インドがインドたる所以は自分達である、と自負している。

よって、北インド、特に政治の中心地デリー Delhi に対しては、自分達の独自性を主張し、抵抗意識を強く持っているように聞く。

その、彼らが主張するインドがインドたる所以、ドラヴィダ Dravida 文化を、ここチェンナイ Chennai を中心に南インドで垣間見ることができる。

さぁ、インドへ行こう!~(22)

10:45am。予定通りにチェンナイ Chennnai 空港に到着した。チェンナイ Chennnai に到着すると、まずしなければいけないことがある。それは、ホテル探しだ。

前回、チェンナイ Chennai を訪れたとき、泊ったホテルに泊りたかった。出発前に日本で調べてみたが、わからなかった。当時持ち帰ったホテルの案内やレシートも探してみたが、見つからなかった。

知り合いの何人かにそのホテルのことを話したことを記憶しており、その人達にも聞いてみた。しかし、俺がそのとき伝えたホテル名を憶えている人はいなかった。

仕方なく、住所や連絡先、ホテル名もわからないまま、チェンナイ Chennai に到着した。エグモア駅 Egmore R.S. と中央駅 Chennai Central R.S. の間に位置することだけは憶えてている。前回と同じ、空港のホテル案内 Hotel Reservation のカウンターへ向かった。

ホテル案内 Hotel Reservation の男は、明らかに外国人とわかる俺を上客だと思ったのか、手招きをして呼んだ。“そんなに呼ばなくても行ってやるよ・・・”と心の中で呟いた。

彼は、あれやこれやとパンフレットを見せて薦めてくる。しかし、俺の心の中では、前回泊まったホテルと決めている。“前回ここで紹介してもらって、エグモア駅 Egmore R.S. と中央駅 Chennai Central R.S. の間に位置して、1泊2000ルピーぐらいのホテルを教えてくれ”と、頑張って英語で伝えた。

カウンター前に立つ男は怪訝な表情をする。しかし、カウンター内で座っていた男はすぐにピンと来たようだ。すぐにパンフレットをひとつ差し出してきた。

“Royal Regency”と書かれたパンフレット。そこに載せてあるホテルの外観とフロントの写真を見て、“間違いない!ここだ!”と思わず日本語で叫んでしまった。

デポジット1000ルピーと、プリペイドタクシー代250ルピーを支払い、ポーターに連れられてタクシー乗り場へ向かった。

小柄で中肉の中年ポーター。顔も鼻も丸っこく、見るからに南インド・ドラヴィタ系の人種だ。そんな背格好ではあるが、威風堂々と俺の荷物を引っ張って、タクシー乗り場へ案内する。

どこかで見たことのある顔でもある。そうだ、前回、ここチェンナイ Chennai 空港に降り立った時にも、このポーターにタクシー乗り場へ連れて行ったもらった。間違いない、この顔だ。

彼に英語でそのことを伝えたが、彼は全く憶えていない様子。無理もない。前回と言っても、1年半前のことなのだから。彼にとってはその間に、何百人、いや何千人の荷物を運んだのだろう。

しかし、俺自身、彼のことを憶えていて再会したことを少し嬉しく思い、前回のチェンナイ Chennai 滞在時の光景が、少しずつ頭の中に蘇ってきた。

さぁ、インドへ行こう!~(21)

5:30am起床。日本国内でも比較的早起きな俺でも、旅先で疲れた体を早朝から動かすのは、さすがにしんどい。体に鞭打つように、ベッドから起き上がった。

曇り窓ガラスの向こうは、まだ暗い。もう一度ベッドに横たわりたい気持ちで一杯だったが、そうするわけにはいかない。6時30分には、タクシーに乗り込まなくてはいけない。

ミネラルウォーターを口に含み、タバコを一本吸った。顔を洗い、歯を磨く。トイレで用を足し、着替えに入った。徐々に、体が軽くなってくる。

6時30分きっかりに、フロントへ行く。既にタクシーは迎えに来ているようだ。運転手らしき男が、フロントの人と談笑している。早朝なのに、えらくテンションが高いもんだ。

フロントで清算を済まし、まだ気だるさが残る体をタクシーに乗り込ませた。6時30分のムンバイ Mumbai はまだ薄暗い。ようやく朝陽が昇ろうとしているところだ。

昨夜、綺麗な夜景が見えたマリンドライブ Marine Drive に差し掛かったとき、車の窓を開けてみた。昼間は排気ガスと砂埃で澱んでいる空気が、綺麗に澄んで気持ち良い。

心配していた道路渋滞も、杞憂に終わった。綺麗に舗装された道路を、タクシーは快走した。ちょうど1時間で、サンタ・クルズ Santa Cruz 空港に到着した。

日本で予約し、プリントしたe-ticketとパスポートを取り出し、ターミナルビル入り口に立つ警官に見せる。無愛想な表情で、俺の差し出したe-ticketとパスポートをチェックする。一瞬、俺の方に目を向けるが、一言も発することなくOKの合図が出た。

OKの合図と言っても、手や目で合図するのではなく、手にしている俺のe-ticketとパスポートを無愛想に差し戻すだけだ。それと同時に、彼の目は次の乗客にいっていた。

明らかに肌の色が違い、一目で異国の地から来たと判る俺に、少しぐらいは怪訝な表情をしてほしい反面、あれやこれやと詮索されても困る。無言で通されたことはありがたいことだが、少しぐらいはかまってほしいものだ。

インドの国内線は、ターミナルビルに入るとすぐに手荷物のセキュリティチェックを受け、その後の搭乗前にもチェックが入る。セキュリティ万全なのはいいことだが、非常に面倒くさい。しかも、必ずボディチェックをされる。

俺はいつも、旅に出るときは、ナイロン製の二つ折り財布をジーンズの後ろポケットに入れている。それにチェーンをつけ、そのチェーンの反対側の端をジーンズのベルト通しに繋げる。スリやひったくり対策だ

それを外して手荷物チェックやボディチェックを受けるわけにはいかない。しかも、大きな金属のバックルを身に着けている身なりでは、かならずボディチェックを受けることになる。

ジーンズの後ろポケットと前のポケットの膨らみに、彼らは必ず中身を取り出すように指示する。ある男は、しっかりと財布の中身まで調べる。またある男は、ポケットから取り出すだけでOKで、中まで調べない。

しかし、彼等全員に共通するのは、ある二つのものを指差して、それが何か質問してくる。それは、ジーンズの前ポケットに入れている、口臭予防のためのマウススプレーと、携帯灰皿だ。

マウススプレーは液体物であるので、昨今の航空事情からすると厳しくチェックを受けても仕方ない。しかし、携帯灰皿は、日本国内や他の国で、まじまじと調べられたことはない。

“これは何だ?”と質問をしてくる。“Portable ashtray”と答えると、彼等の表情が一変する。それまで厳しかった表情が微笑みに変わり、搭乗券にセキュリティ・チェックOKのスタンプを押す。

街中の路上には、タバコの吸殻が捨てられている。この国では、まだ喫煙マナーというのが浸透していないのだろう。それゆえに、携帯灰皿 portable ashtray の需要もなく、そういう製品が存在していないのだろう。

そんな環境のせいなのか、携帯灰皿 portable astray を持っていると、マナーが良いとの印象を与えるのか。ほぼ全ての連中が、笑顔でセキュリティチェックを通してくれる。

1時間ほど、待合室で時間をつぶしていると、俺が乗る航空機へ搭乗するアナウンスが流れた。9:00am ムンバイ Mumbai 発Jetairways 9W322便 チェンナイ Chennai 行き。これで、昼前には久しぶりにチェンナイ Chennnai に到着する。

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Jetairways 9W922便で出された機内食。南インド・チェンナイ Chennnai 行きだからなのか、メニューにイドリー Idly が含まれていた

さぁ、インドへ行こう!~(19)

キングフィッシャー・ビール Kingfisher Beer にベジタブル・カリー Vegetable Curry 、ベジタブル・ビルヤーニ Vegetable Byryani、フィッシュフライという、日本では絶対に一緒にテーブルに並べないメニューを全て平らげ、店を後にした。

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コラバ Colaba 地区の中心から、ホテル向かう幹線道路

当初想定していたよりも酔いの度合いは浅く、しっかりとした足取りで、ホテルへ向かって歩き出すことができた。しかし、疲れは最高に達していて、ゆっくりとゆっくりとしか足を前に進めることができなかった。

ある曲がり角に差し掛かったところ、右側の路地に入ったところに明るい光が見えた。また、多くの人が集まって、わいわいとお祭りのように騒いでいる。時折、爆竹が爆発する音も聞こえる。

そういう場面に遭遇すると、気にならないわけには行かない。疲れてはいたが、少しだけ覗いていくことにした。

薄暗い裏路地を、目の前の建物の入り口にある照明一つが、明るく照らしつけている。どうやらその建物は、海軍に所属する家庭の子供達が通う学校のようだ。

一人の大人が何度も爆竹を爆発させ、その度に両手の人差し指を突き上げて、気分を盛り上げている。その周りに小学生らしき子供達が、無邪気に同じように飛び跳ねている。

その周りを多くの人たちが取り囲み、微笑みながら彼等を見ている。一体何の騒ぎだろうか・・・その理由は最後までわからなかったが、どこの国でもお祭り騒ぎが好きなのは、大人も子供も関係ないということだろう。

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暗闇の裏路地で、建物の入り口の照明に照らされ、騒ぐ人々

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何度も爆竹を爆発させ、両手の人差し指を突き上げて気分を盛り上げている

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周りには多くのギャラリーが集まって、微笑みながらその光景を見ている

さぁ、インドへ行こう!~(18)

ホテルの戻る途中で、食事をとることにした。そういえば、前回のムンバイ Mumbai 滞在はドライデー Dry Day で、アルコール類に一切ありつけなかった。今日はどうだろう・・・。

めぼしい店を見つけ、店の中を覗いてみる。俺と同じ顔をした東アジア人が一人、テーブルの上のキングフィッシャー・ビール Kingfisher Beer を手に取っている。今回は大丈夫なようだ。

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この日、俺が食事をしたコラバ Colaba 地区にある、大衆酒場のようなレストラン

店の人に、テーブルに通された。キングフィッシャー・ビール Kingfisher Beer を飲んでいた東アジア人の隣のテーブルだ。まさか、日本人ではないだろうか・・・。異国の地で、同じ日本人には遭遇したくない。そっぽを向いて、テーブルにあるメニューに目を通した。

インドでは、ベジタリアンを気取っていることが多い。今日も、そのつもりだった。ベジタブル・カリー Vegetable Curry と ベジタブル・ビルヤーニ Vegetable Byryani、それとキングフィッシャー・ビール Kingfisher Beer だけをオーダーするつもりだったが、ビールに合わせるものがないのに気づいた。店の人に薦められたこともあり、フィッシュフライを追加した。これをビールのつまみにしよう。

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インドでは標準サイズ。超ビッグサイズのキングフィッシャービール Kingfisher Beer

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ベジタブル・カリー Vegetable Curry と ベジタブル・ビルヤーニ Vegetable Byryaniに、フィッシュフライを追加した

キングフィッシャー・ビール Kingfisher Beer を瓶半分ぐらい飲んだところで、酔ってきたことがわかった。昨日からの睡眠不足と、疲労が蓄積していることが影響しているのか。

インドに限らず、旅先で飲むアルコールは、必ずと言っていいほど酔いの周りを早くさせる。普段なら、これぐらいで酔うことはないのに・・・。

しかし、歩き回って汗をかいた体には、薄口のビールがとても美味しく感じられる。ホテルも近いことだし、少々酔っ払っても大丈夫だ、と自分に言い聞かせ、目の前のキングフィッシャー・ビール Kingfisher Beer を全て飲み干してしまった。

明らかに肌の色が違う俺のテーブルに、何人もの店員が寄ってくる。大衆酒場のような雰囲気の店だが、サービスはとてもいい。空いたグラスにビールを注いでくれる。

ある店員が、「どこから来た?彼と同じ国か?」と、隣のテーブルの東アジア人を指差して聞いてきた。俺は、「日本だ」と答えた。すると、「彼は、中国から来たらしい。」とのこと。

これまでインドを旅してきて、多くの韓国人には出会ってきたが、中国人に遭遇したのは初めてかもしれない。中国でも、インドを一人旅する青年が現れたことに、かの国の経済成長の凄さを改めて実感した。

さぁ、インドへ行こう!~(17)

今回の旅の二日目も、だいぶ日が暮れてきた。腹も減ってきたからコラバ Colaba 地区へ戻るころだが、その前にマリンドライブ Marine Drive へ寄っていこう。以前、夕暮れ時に訪れたマリンドライブ Marine Drive はとても居心地のいい場所だった。すぐに目の前のタクシーに乗り込んだ。チョウパティロード Chowpatty Road を南下すると、目的地に到着する。タクシーで10分程だ。

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マリンドライブ Marine Drive の夜景(ヒルトンホテル Hilton Hotel 前から)

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マリンドライブ Marine Drive にあるヒルトンホテル Hilton Hotel

日はとっくに暮れて、マリンドライブ Marine Drive の夜景がとても美しい。多くの人々が、その夜景と夕涼みを楽しんでいる。12月と言ってもインドは日本の9月のような陽気。半袖で過ごしても十分だ。ここマリンドライブ Marine Drive は、アラビア海 Arabian Sea に面していて、風がとても心地いい。

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夜のマリンドライブ Marine Drive を楽しむ人々

前回もそうだったが、この景色と風の中で、心身ともに安らげる。昨日の早朝に日本を出発し、今朝も朝から歩き続けた。体が疲れを訴えていることに気づき、そろそろホテルに戻ることにした。

さぁ、インドへ行こう!~(16)

旅をしていると、時間が過ぎるのが本当に早い。さっき朝の目覚めと思ったら、もう陽が西に傾いている。時計が示す時刻はまだ17時30分過ぎ。西陽を体に浴びると、もう一日の終わりをj感じてしまう。しかし、ここインド・ムンバイ Mumbai では、そんなことを感じさせない。それは、どこから湧き出てくるのか、終わりのない人の波のせいだ。

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夕暮れ時に、インド門 The Gate of India 前に集まる人々

マリンドライブ Marine Drive にでも行こうか。前回、そこから見たアラビア海 Arabian Sea がとても印象に残っている。時計に目をやると、まだ17時にもなっていない。コラバ Colaba 地区からマリンドライブ Marine Drive へタクシーで向かうと、数分で着いてしまう。マリンドライブ Marine Drive はとてもいいところだが、ひとりではそれほど時間を過ごせる場所でもない。その前に・・・と思い、ロンリープラネット lonely planet を開いた。

目の前のタクシーに乗り、俺が運転手に言った行き先は、“チョウパティ・ビーチ Chowpatty Beach”。コラバ Colaba 地区から少し北の方にある。前回、行っていない所だ。前回は、空港近くにある ジュフービーチ Juhu Beach へ行った。それぞれのビーチには、それぞれの魅力がある。しかし、短期の滞在で、しかも1日に同じような二つのビーチを訪れることはない。その時は、ジュフービーチ Juhu Beach を選んだ。

程なくしてタクシーは、チョウパティビーチ Chowpatty Beach に着いた。ここも、週末の夜を家族や友人・恋人たちと過ごすために、多くの人が訪れていた。特に、家族連れが目立った。チョウパティビーチ Chowpatty Beach には、入ってすぐ脇に子供が喜びそうな遊戯施設がある。小型版遊園地と言ったところか。そこで、インドの子供たちは、はしゃぎ声を上げながら元気に遊んでいる。その遊戯施設の安全性に、俺は若干の不安を感じたが、楽しく遊んでいる子供たちの姿を見ていると、そんな不安もすぐにどこかへ吹き飛んでしまった。

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チョウパティビーチ Chowpatty Beach に入ってすぐ脇にある売店

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チョウパティビーチ Chowpatty Beach にある小規模遊戯施設

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チョウパティビーチ Chowpatty Beach で、家族や友人達と夕暮れ時を過ごす人々

さぁ、インドへ行こう!~(15)

マハーラクシュミ寺院 Mahalaxmi Temple も不発に終わり、トボトボとコラバ Colaba 地区へ戻ることにした。夕暮れ時のムンバイ Mumbai の街は、いつもよりも増して人通りが多い。そんな中を人ごみを掻き分けて、コラバ Coleba 地区へ向かった。

かつても日本でも、野良犬や野良猫が、人混みの中を闊歩していたように記憶している。古き良き日本を見るように、ここインドには、都会といえども動物達が街中に生息している。

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インドでは、いわずと知れた牛。歩道脇の柵に括り付けられ、ご主人様を待つ牛

世界最大といわれるスラム外を持つインド・ムンバイ Mumbai。昨今のインド経済成長を象徴するように、貧富の差が広がるインド。我々異国の人間がアジアを旅すると、いわゆる富欲層よりも、貧困層の人々を目にすることが多い。それは、俺がそういう街を歩いているからかもしれないが、やはりアジアには、まだ財力を高めた人々が少ないせいもあるだろう。

俺は、日本でも特に発展した横浜に住んでいる。東京に比べて若干、経済的に見劣りするところがあるかもしれないが、日本を代表する港町。それが、ここ横浜だ。そんな横浜だが、逆に人間以外の動物達には住みにいんだにくいんではないだろうか、と思ってならない。

私は、小型犬二匹と一緒に暮らしている。確かに彼女達は、人間社会からすると迷惑この上ない行動をとることもある。しかし、𠮟り付けた後でも、じっと飼い主の目を見つめシッポを振り続ける姿を見ると、愛くるしくてたまらない。それに、我々人間だけがjこの地球の住民ではない、という気持ちが湧き上がってくる。

そう、ここ地球上には、人間も含めて多種多様な動植物が共存している。都会に住み、日々の多忙な生活を営んでいると、ついそんな気持ちを忘れがちになってしまう。しかし俺は、この二匹の同居犬のおかげで、地球上に住む人間以外の動植物の気持ちを、少なからず理解することができるようになった。彼女達に、とても感謝している。

ここムンバイ Mumbai は、インド最大の商都。これからの経済発展の勢いも、すざましいだろう。しかし、歴史的に“生”について真剣に考え、いくつかの宗教の発祥の地となったインド。俺が生まれ育った日本でも、このインドの歴史と文化に大きく影響を受けた。だからこそ、ここインドは、いつまでも地球上のあらゆる“生”に対して寛容であってほしい、と思うのは、犬二匹と同居する俺のせめてもの願いである。

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人を運ぶために、一生懸命に働く馬

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ムンバイ Mumbai の街中で、猫と犬に餌をやる老インド人

さぁ、インドへ行こう!~(14)

クロスローズ Crossroads での衣類調達が不発に終わり、その代わりにインドで初マックを果たした俺は、次に向かったのはマハーラクシュミ寺院 Mahalaxmi Temple だ。ロンリープラネット lonely planet に載っている地図では、そのマックからしてクロスローズ Crossroads の反対側に行けばいい。クロスローズ Crossroads が工事中でなければその中を突き抜ければすぐに着くのだろうが、今日はそれはできない。仕方なしに、目の前の建物を外を大回りして反対側へ行くことにした。

クロスローズ Crossroads の反対側に出ると、そこは交通量の多い大通り。どこかで見たことのある光景に、昨夜、空港からコラバ Colaba 地区へタクシーで向かうときに通った道であることを思い出すのに、そう時間はかからなかった。そんな大通りを横切った先に、マハーラクシュミ寺院 Mahalaxmi Templae がある。

交通量も多いが、歩道を歩く人の数も尋常ではない。休日のJR新宿駅や横浜駅よりも、人の数は多いのではないか、と思うほどだ。インドでも、その日は日曜日で休日だ。おそらくその人たちは、マハーラクシュミ 寺院 Mahalaxmi Temple へ向かっているのではないかと思い、その人の流れに身を任せて前へ進んだ。

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大通りに面したマハーラクシュミ寺院 Mahalaxmi Temple へ繋がる入り口

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入り口から中へ入ると、多くのインド人が参拝に訪れていた。

そこには、無数の人が行きかっていた。多くのインドの人々が、日々の生活に組み込まれている寺院。周りを見渡すと、異国から来ている人間は俺一人のようだ。若干、居心地の悪さを感じてはいるが、それはこの地へくると毎度のこと。臆せずに奥へ入っていく。

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インドの人々にとって、寺院への参拝は日課である

大通りから入ると、そこは細い裏通り。そんな裏通りにも、びっくりするぐらいの多くの人が参拝のために訪れていた。

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マハーラクシュミ寺院 Mahalaxmi Temple へ向かう裏路地

前回のムンバイ Mumbai 滞在では、ここマハーラクシュミ寺院 Mahalaxmi Temple はクローズだった。その日は月曜日。そう、エレファンタ島 Elephanta Island と同じ曜日に休みだった。今回、改めてここマハーラクシュミ寺院 Mahalaxmi Temple を訪れてみたが、今度は閉まっているどころか訪れる人が多すぎて中に入れない。日本の初詣のように、並んで境内に入っても良かったが、さすがに旅成れた俺でも、現地の人々に混ざって、長時間長蛇の列に並ぶのは気が引ける。仕方なしに、そのまま引き返すことにした。

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マハーラクシュミ寺院 Mahalaxmi Temple へ向かおうとしたが、あまりの人の多さに、途中で引き返すことに・・・