インド独立軍と日本 〜 インパール作戦

歴史の1頁、いや大きな転換点となったこの戦いについて様々な意見があるが、

戦後の教育現場で決して語られることのなかった当時の日本とインドの結びつきを知ることによって、

日本人としての自覚、そしてアジアの人々との付き合い方を考えさせられることになるのではないだろうか。

いざ、インドへ(7)~ムンバイ・アタック Mumbai Attack の後遺症

ムンバイ Mumbai へ赴くのは今回で3回目だ。
一度目は2年半前。
インド経済発展の象徴であるムンバイ Mumbai を一度訪れてみたかったからだ。

タージマハルホテル Taj Mahal Hotel のあるコラバ Colaba 地区は、ゲートウェイ・オブ・インディア The Gateway of India があり、他にも宿泊施設が密集しており、ツーリストの拠点として最適な場所だ。
初めて訪れたときは、そのコラバ Colaba 地区で宿を構えた。

そのホテルは、タージマハルホテル Taj Mahal Hotel から徒歩1分ほどにあった。
早朝にホテルを出て、まずはタージマハルホテル Taj Mahal Hotel とゲートウェイ・オブ・インディア The Gateway of India 前の広場を散歩した。

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ゲートウェイ・オブ・インディア The Gateway of India


その時は、早朝にもか関わらず、多くのインド人で賑わっていた。
昼過ぎにもなると、人の数はさらに増えていた。
ムンバイ Mumbai 中のインド人が、家族や友人、恋人と楽しい時間を過ごすために訪れているようだった。
タージマハルホテル Taj Mahal Hotel 前は、現地の人々に取ってそんな場所である。

また、エレファンタ島 Elephanta Island などの離島へ向かう船がゲートウェイ・オブ・インディア The Gateway of India 前から出発している。
その乗船客も集まってくる。

ムンバイ Mumbai の象徴とも言えるタージマハルホテル Taj Mahal Hotel 。
そこが、今回、テロの対象となった。
再び現地を訪れる前は、同じ地に脚を踏み入れる事ができるかどうか心配だった。

日本の新聞でも写真が掲載されていたが、タージマハルホテル Taj Mahal Hotel 前は警察が警備しており、一般市民が立ち入れないとのことだった。
しかし、立ち入り禁止地区は、ゲートウェイ・オブ・インディア  The Gateway of India 前の広場の半分程度で、それ以外は自由に歩く事ができた。

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ゲートウェイ・オブ・インディア The Gateway of India 前の広場に入るには、空港のようなセキュリティチェックを受けなければならない。

やはり、そこに集まってくる人の数は少ないようだ。
時間も9時を過ぎており、1年前に同じ場所を朝8時に訪れた時に比べて、間違いなく少ない。

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閑散としたタージマハルホテル Taj Mahal Hotel 前。

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日本のニュースでも映像として報道されたが、今回のテロで損傷した箇所にはブルーシートが掛けられていた。


また、日本人の間隔では不謹慎と思われるかもしれないが、タージマハルホテル Taj Mahal Hotel をバックに写真を撮っている人達もいる。
遊び気分なのか、それともあの凄惨な事件を決して忘れないようにするためなのかはわからない。

しかし、多数の人々がお亡くなりになられた事には心からお悔やみを申し上げるが、インドの人達が少しでも日常の生活を取り戻している事に、旅すがらの身分ではあるが安心感を覚えた。

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遠目に見ると一年前の姿と全く変わらない。その豪華な佇まいからは一ヶ月前の痛々しい姿は想像できない。

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ゲートウェイ・オブ・インディア The Gateway of India 前の広場には、ヒンディー Hindi 語で書かれた掲示板が立て掛けられており、多くのインド人が見入っていた。

いざ、インドへ(6)~テロに屈せず

ニューイヤーホリデー New Year Holiday の準備が着々と進み、11月下旬にさしかかって少し早い師走モードに入りかけた時に、その事件が起きた。
ムンバイ Mumbai で、同時多発テロだ。

俺がその一報を聞きつけたのは、どこで何を見てなのかは、はっきりと記憶していない。
既に年末モードでばたばたと仕事に追われていた時であった。
最初は携帯で見たような、酔っぱらって帰宅して自宅のPCだったのかもしれない。
ポータルのタイトルに書かれてあるムンバイ Mumbai という文字には認識していながらも、頭の中は別の事でいっぱいだった。
しかし、その惨状をはっきりと認識したのは、11月27日の夕方だった。
会社のPCでニュースサイトを開けた時に、その事件を悲惨さを初めて認識した。

タージマハルホテル Taj Mahal Hotel 、トライデントホテル Trident Hotel 、チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス Chhatrapathi Shivaji Terminus (CST) ・・・テロの対象となったところは、俺のみならず、インド・ムンバイ Mumbai へ赴いた人であれば必ず訪れるであろう場所。

ちょうど1ヶ月後に俺はその場所に行くことになっている。
しかも今回は、そのチャトラパジー・シヴァージー・ターミナス
Chhatrapathi Shivaji Terminus (CST) から列車に乗ってアウランガーバード Aurangabad へ向かう。
それまでに、このテロは鎮圧されているのだろうか。
また、街も平静を取り戻しているのだろうか。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りしながらも、自分の事についても考えなければいけなかった。

これまでインドで起きたテロの手法と違い、また200人以上が犠牲になった凄惨さから、発生当初は日本国内でも連日のようにこれを取り上げていた。
しかし、テロが鎮圧され、クリスマスが近くなると、日本でこの事件に触れるマスコミはほとんどない。
俺は、現地の知り合いに(といってもムンバイ Mumbai ではないが)現地の状況を聞きながら、ムンバイ Mumbai 行きを決行した。

いざ、インドへ(5)~ムンバイ Mumbai のムスリム Muslim 街

今回は、そのテロのことも考慮して、初日のムンバイ Mumbai でのホテルは日本で手配していた。
いつもは、海外のホテルも楽天トラベルを利用しているが、ムンバイ Mumbai では適当なホテルが見つからなかった。

インドは、昨今の急速な経済発展により、もともとホテル料金は高い。
加えて、この時期のインドは、観光にはベストシーズンで、普段よりその宿泊料金は跳ね上がる。
コラバ Colaba やフォート Fort 地区で、いわゆる3ツ星で中級ぐらいで、日本のビジネスホテルより安いホテルは見つからなかった。
仕方なく、それより3kmほど北側の、ボンベイ・ホスピタルの前のウェストエンドホテル West End Hotel を予約した。

ロケーションを除けば、まずまずのホテルだ。
一泊2,200ルピーで、ビュッフェ朝食付き。部屋も広くて綺麗で、ホテルスタッフも親切でフレンドリーだ。

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ウェストエンドホテル West End Hotel の正面玄関。

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ウェストエンドホテル West End Hotel の朝食。西インドながらイドリー Idly が食べられた

ロケーションといっても、コラバ Colaba へはタクシーで15ルピーほど。
ホテル前には常にタクシーが停まっており、ホテルのドアマンが安心・安全なタクシーへ案内してくれる。
全く問題ない。

ただ、ホテル近くに小さなモスク mosque があり、その前の歩道にライフルを持った警官が二人立っていた。
先のテロの影響だろう。
また、当りを見渡すと、ムスリム Muslim が多く見受けられる。
ひょっとして、ムンバイ Mumbai の中のムスリム Muslim 街なのかもしれない。

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ウェストエンドホテル West End Hotel のすぐ近くにあるモスク Mosque。前日の夜はこの前に、ライフルを持った警官が2人、警備していた。

敬虔なイスラム信者や一般市民は全く問題がない。
しかし、今回はムンバイ Mumbai でテロが起きた1ヶ月後。
それ依頼にも、今年はインド各地でテロが頻発している。
一度テロが起きると、ヒンドウー Hindu とムスリム Muslim のお互いの報復攻撃を誘発する可能性が高い。
若干、警戒感を強めて、ホテルに滞在する事にした。

インドへの入国を果たし、今日は移動だけで終了。
早朝の移動もあって、部屋に着いた途端に急に眠くなった。
パソコンを取り出し軽くメールチェックをして、シャワーを浴びた後、ベッドに倒れ込んだ。

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インドさながらの光景。街に繰り出せば、いつでもどこでも見られる。

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ホテル近くの朝の光景。街行く人は露店で新聞やチャイ Chai を買って行く。

いざ、インドへ(4)~進むムンバイ Mumbai のインフラ整備

13時間以上のフライトで少し退屈してきたところで、ムンバイ Mumbai のチャトラパティ・シヴァージー Chhatrapati Shivaji 空港に到着した。
まず、空港で100USドルのトラベラーズチェックをルピーにチェンジし、プリペイドタクシーを手配した。
ACを手配したが、いくらムンバイ Mumbai でもこの時期の夜は、気温30度以下。この日は、28度だった。
車の窓を開けて走ると、外気がとても気持ちいい。
ACは失敗したと後悔した。

1年間も同じ事を思ったが、いや今回は前回以上に、空港から市内へ向かう道中で車窓から見える街中の景色は、とても洗練されてきている。
街灯も整備され、またイルミネーションやショッピングセンターのおかげで、初めてムンバイ Mumbai を訪れた時に比べると格段に街中が明るくなっている。
俺の目が慣れてきているせいもあるかもしれないが、初めてこの地を訪れた時は、薄暗くて少し気味悪く感じたものだ。

道路も整備され、車の性能も向上したのか、路面から受ける衝撃を感じる事がほとんどない。
また、今回は、テロの影響なのか、それとも日付や曜日の関係なのか、昨年に比べて交通渋滞が緩和されているように思える。
ホテルにも、幾分か早く着いたように思えた。

いざ、インドへ(3)~ビジネスクラスとエコノミークラス

ANA743便は、昨年8月に就航した成田ームンバイ Mumbai への直行便だ。
当初は全席ビジネス席で、経済発展目覚ましいムンバイ Mumbai へ直行する便として鳴り物入りでデビューした。
しかし、今年初頃だったか、そのANA743便にエコノミー席ができたと聞いた。
今回のフライトチケットも、そのエコノミー席で予約した。

シートはビジネス席とほぼ同じ。
中型機であるが、左右2列で計4列。ゆったりとしたシートで乗り心地が良い。
ビジネス席と違うところは、前のシートとの間隔が狭いところだ。
ビジネス席仕様のシートにも関わらず、背もたれも十分に倒せず、またフットレストを使っても十分に脚を伸ばす事ができない。
エコノミー席を設定するにあたり、この辺りを改造したのだろう。

加えて、機内食も、やはりエコノミー仕様だ。
当たり前と言えば当たり前だが。
昨年のビジネス席では、テーブルクロスが掛けられ、まるでコース料理のような雰囲気で、アペタイザー、メインディッシュ、デザートと提供された。
飲み物も、ワインを頼むとワインリストを見せられ、フルボトルからワイングラスへ注がれるという有様だ。
赤ワインであれば常温で提供される。
さすがビジネスクラス。

しかし、エコノミークラスでは、食事は例のようにひとつのトレーに一緒に乗せられて出される。
ワインを頼むとミニボトルで、しかも冷やしてある。
まあ、金はただ取らんということだ。
もともと、エコノミー席でも全然OKは俺だが、一度快適なサービスを味わってしまうと、多少なりとも不満に思ってしまうのは人間の弱いところである。

いざ、インドへ(2)~ムンバイ Mumbai のテロの影響

今回は、インドへの旅を決行するかどうか、直前まで悩んだ。
フライトチケットも取れて、行く気満々になった矢先にムンバイ Mumbai で史上最悪のテロが発生。
タージマハルホテル Taji Mahal Hotel が炎上するテレビ映像を見て、1年前に訪れた時にはまさかそんな光景を見る事になるなんて、想像できるはずもない。

心のどこかで、「これは映画なんだ」と思いたくもなった。
しかし、何度か訪れた事がある場所、しかも日本人も一人お亡くなりになっている。
犠牲者の数も200人を超え、その惨状が毎日新聞で報道されていた。

そんなムンバイ Mumbai の現状を見聞きして、断念するのが懸命な判断かもしれない。
しかし、今年は仕事の都合で長期の休みが取れなかったから、久しくインドに足を踏み入れていない。
不安を抱きながら、今回のインド行きを決行した。

成田空港でANA743便に搭乗。
さっきセキュリティチェックを済ませたにも関わらず、飛行機に搭乗する前にももう一度セキュリティチェック。
ボディチェックをされ、手荷物を全て開けられた。
行き先がムンバイ Mumbai だから仕方ないだろう。

出発10分前に搭乗すると、機内はガラガラ。
俺の後に他の客が乗ってくる気配もない。
先月、キャンセル待ちでようやく取れたフライトに関わらず、である。

やはり、先月起きたテロで、みんなキャンセルしたんだろう。
その判断が常識的で、母国インドへ帰国するインド人は仕方ないとして、俺を含めた日本人数人は異常な行動なんだろう。

もし、再びテロが起きてこのうち誰かが死亡するなんて事になったら、日本ではどんな報道がなされるのだろうか。
おそらく、向う見ずで常識知らずの馬鹿者呼ばわりされるに違いない。

しかし、もう乗ってしまったのは仕方ない。
というより、そんな周りの声なんか気にしてたら何もできない。
俺が着席すると、機体はすぐに出発した。

いざ、インドへ(1)~スターアライアンス・ゴールドメンバー

今日は1年ぶりのインドへ飛び立つ日。
10時10分成田発のANA743便に搭乗するために、朝6時に家を出た。
家の近くの戸塚インターから首都高速に乗り、途中事故渋滞に巻き込まれたが、7時40分には成田空港近くのパーキングに着いた。
そこで、車と飼い犬2匹を預けて、送迎バスで成田空港へ向かった。

第2ターミナルに到着したのは、8時10分。
俺が搭乗する便が出発する、ちょうど2時間前だ。
年末年始で大混雑しているだろうから、俺にしては珍しく定石通りの2時間前の空港着。
というより、1年前に同じ便に乗るのに、1時間30分前の空港到着で慌てふためいたことから勉強したのだろう。

ANAのチェックインカウンターへ向かうと、予想取り長蛇の列。
列の最後尾には、「ここがエコノミークラスの最後尾です」と書いたカードを持った係員が立っていた。
そのカードを見て、先月、自分がスターアライアンスのゴールドメンバーになったことを思い出した。
カードを持った係員にその事を告げると、ゴールドメンバーのチェックインカウンターを教えてくれた。

さすがにゴールドメンバーのカウンターだ。
さっきのエコノミークラスのカウンターとは大違いで、順番待ちをしているのはたったの一人。
俺はその人の後ろに並んだ。

予想外に早く搭乗チェックインを済ませた後、カウンタースタッフからゴールドメンバー専用のセキュリティーチェックの場所を聞いた。
一般のセキュリティチェックには、これから始まる楽しい休暇に向かう大勢の人が押し掛けていた。
ここ数年の、空港でのセキュリティチェックの厳格化のせいで、大型連休の初日はここを通過するだけでかなりの時間が経過する。
しかし、今回は、その人集りを横目に見ながらPriority Security Checkを通過した。

出国審査も難なく済ませ、ANAラウンジに到着したのは9時ちょうど。
ゴールドメンバーでなければ、まだセキュリティチェックも済んでいないだろう。
いや、下手したらようやく搭乗チェックインが済んだ頃かもしれない。
今年は、九州や大阪への遠方の出張が多かったおかげで、ANAのプラチナポイントがゴールドメンバーの規定に達した。
あまり楽しくない、というより辛い出張ばっかりだったけど、それを我慢して耐えたご褒美なのだ、と自分で勝手に納得させる事にした。

ラウンジで朝食を済ませ、優雅な空間をゆったりと過ごした後、インド・ムンバイ Mumbai へ向かうANA743に搭乗するため、45番ゲートに向かった。

さぁ、インドへ行こう!~(46)

ロンリープラネット lonely planet に掲載されている写真に魅せられ、ぜひ訪れてみたかった海岸寺院 Shore Temple。

昨日はとんだ誤算で、参加したバスツアーはこの海岸寺院 Shore Temple をスルーしてしまった。1月1日で、訪問者が多くて混雑しているのがその理由だった。

しかし、1日違いの今日、1月2日は、人影がまばらである。本当に昨日は、そんなに混雑していたのかと疑いたくなるほどだ。

ガイドブックなどに掲載されている観光スポットの写真は、時として人の想像を過大にすることがある。特に、ロンプラ lonely planet に掲載されている写真は夕刻時にライトアップされていて、幻想的な雰囲気を醸し出していた。その映像が、俺をここに来る気持ちを強くさせた。

だから、天高く昇ろうとしている太陽に照らされている海岸寺院 Shore Temple に、最初はがっかりした気分にさせられた。しかし、世界遺産の建造物をゆっくりと見て周ると、そう思ってしまったことがとても贅沢なことだと気付いた。

ロンプラ lonely planet によると、この海岸寺院 Shore Temple は、7世紀半ばごろから建てられていたようだ。2つの大きな尖塔にはシヴァ Shiva 神が、第3の古い神殿にはヴィシュヌ Vishnu 神が祭られている、パッラヴァ芸術の最終形の世界遺産だ。

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1984年に世界遺産に登録された海岸寺院 Shore Temeple

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千数百年間、海風にさらされながらも朽ち果てることなく、我々の前にその見事な佇まいを見せてくれている

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ベンガル湾 Bay of Bengal に向ってそびえ立つ海岸寺院 Shore Temple

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シヴァ Shiva 神に仕える聖牛ナンディ Namdhi の像 

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外壁や尖塔には、数々のシヴァ Shiva 神が彫られている

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外壁に彫られ、風化したシヴァ Shiva 神

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海岸寺院 Shore Temple の石の隙間に逃げようとするリス

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暑い日差しが降り注ぐ海岸寺院 Shore Temple の近くでうずくまる子犬

さぁ、インドへ行こう!~(45)

昨日は、とんだ計算違いだった。タミル・ナドゥ州観光開発公団 Tamil Nadu Tourism Development の One Day Bus Tour で、マーマッラープラム Mamallapuram の海岸寺院 Shore Temple に行く予定が、その日はHappy New Year の大混雑を理由に行けなかった。

仕切り直しで、今日1月2日、ホテルで手配した Non-A/C の車で再びマーマッラープラム Mamallapuram 向かうことにした。

今日は第一目的の海岸寺院 Shore Temple を明確に伝え、夕方のバンガロール Bangalore 行きのフライトに乗るまで、近辺を案内してくれることで交渉が成立した。

料金は、値切りに値切り倒したが、1000ルピーを下回ることはできなかった。少し高いが、今回のチェンナイ Chennai 立ち寄りの目的を考えると、致し方ない。

インド滞在4日目ともなると、俺もインド時間に慣れてきた。8時にホテルを出発すると言われたが、1時間遅れの9時に、ホテルのロビーに降りていった。

不安な気持ちは気持ちは無いわけではなかった。予約した客がなかなか降りてこないから、勝手に運転手を次の客に回してしまることだってある。

そんな不安な気持ちを他所に、ホテルロビーにあるツアーデスクに向かって歩いていった。すると、フロントマンと話し込んでいた男性が、俺に近づいてきた。“俺が今日のドライバーだよ”と言っているかのように、身振り手振りで俺を車まで案内した。

TATA製の小型車は、とても乗り心地がいい。郊外に出て悪路に差し掛かっても、決して不快な乗り心地ではなかった。

ホテルを出て1時間ほど経ったころだろうか、マーマッラープラム Mamallapuram の最初の目的地、海岸寺院 Shore Temple に到着した。

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海岸寺院 Shore Temple の入り口

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入り口の左側脇にある料金所で、入場料を支払う

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入り口を入ってすぐ左側にある、海岸寺院 Shore Temple の歴史を紹介する石板

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入り口を入ると、海岸に向かって通路がまっすぐに伸びる

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海岸寺院 Shore Temple という名が相応しいと思わせる海岸線

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海岸寺院 Shore Temple の敷地の浜辺を、多くの人々が歩いている。波が荒い